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2007年10月28日

●FREEDOMを見る(第5話)

 ちょっと前の話で、もうすでに配信は終了しているのだが、FREEDOMの第5話を見てみた。
 前回、紆余曲折を経て憧れの少女、アオに出会い「僕は元気です!!!」と思い切り叫んだタケルだったが、今回はなぜカプセルが地球から月へやってきたのか?という話である。

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 最初は当然だが全く信じてもらえなかったものの、アオ自身が書いたと思われる写真を見て信用してもらいさらには自分の願いが届いた、とかなり喜んでもらえたようである。アオの住んでいる地域の習慣というか行事として、毎年決まった時期に月へ写真や贈り物をのせたロケットを打ち上げているのだという。そのロケットには、アオの村の住民たちの願いがこめられているのだという。
 地球には月からの連絡は全く途絶えてしまったもののようだが、それがなぜなのか、というのは次回(次回で最終話のはず)明かされるのかなあと思う。お互いがお互いを全滅したと思っていたから、というようなものだったらちょっと拍子抜けである。私はエデン(月の運営局)の陰謀説だったら面白いかなと思っている。

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 今回カップヌードルはどこで登場するかというと、ビス憧れのアンナマリーさんが食べている場面であった。それにしても月と地球では技術に随分差があるというのがびっくりである。

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 嵐がやってくる、というこの話の中での一番の見所が終わると、ロケットの打ち上げになりタケルも写真(メッセージつき)をいれることになる。これは次回に活きるのかな、と思うが、次回最終話(多分)ということから考えて仮にアオと月へ行ったとして、ただカズマたちと出会ってめでたしめでたしで終わってしまいそうな予感もする。それとも、今度はカズマが行動を起こすような話になり、タケルと出会うようになるのだろうか。とりあえず次回は来年になるが見る予定である。

2007年10月26日

●キルン・ピープル(上)


 近未来のアメリカでは、その世界は一変していた。陶土の人形に意識をコピーできる技法が確立されて以来、ゴーレムと呼ばれる複製は生活の必需品になっていた。そんな世界で探偵をやっているモリスが手がけた事件とは?
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 なんとなく面白そうに感じられたので購入してみた。購入したときは新刊扱いだったので、平積みのために魅力的に思えた。表紙が見えるということは重要だと思う。
 さて、読んでみたところ、結構さくさくと進むので面白く読めたと思う。ゴーレムという設定自体は複雑だと思うのだが、緑色ゴーレムは雑用であるとか、黒(エボニー)・グレイは専門作業用、白はエロ用(高感度のため)と用途が分かれていたり(そのゴーレムに必要なことをさせているあいだコピーした本人は勉強・研究などやりたいことをやるのである)、人型ゴーレムだけでなく動物型のゴーレムもあったりと面白く、またそれを無理なくこちらに理解できるように紹介していると思う。
 最初はただの複製の誘拐騒ぎ(違法コピーに使うため)だったのだが、主人公モリスが、複数の案件をこなすためにコピーしたそれぞれの複製たちがからみあってひとつの大きな話になってゆくという読み応えのある話である。それぞれの複製ごとの一人称で語られるが、全て同一人物(のコピー)なので当たり前だが全く違和感がない。上手な設定だなあ・・・と思いつつ読んだ。
 下巻は複製の誘拐騒ぎから随分壮大になってゆくのだが、その感想は次に続く。

2007年10月23日

●氷の家


 18世紀に造られたある邸の氷室に、男が胴を食い荒らされて死んでいた。警察は行方不明になっている邸の主だと睨んでいるのだが、真相は・・・。
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 ミネット・ウォルターズとは相性がいいと思ったので購入してみた。ミネット・ウォルターズのデビュー作なのは、単に本屋に他に本がなかったからである(しかし、一冊でもあるというのはまだマシな本屋ではなかろうか・・・と思う)。
 この本を読んで少し驚いたのは、国内でのウォルターズの最新作「病める狐」に名前だけ登場するアン・カトレルが主人公となっていることである。そして、アン・カトレルと対になる警察の人間であるアンディ・マクロクリンとの間で交わされるロマンスが、この作品にきわめて鮮やかな色彩を加えている。
 「病める狐」はトレーラー・ハウスに住む人々という馴染みのない題材だったせいか、なんとなく作品自体が上品にまとまりすぎているような感じがしたのだが、この作品はそうではなく、前述のロマンスの描写もあるためか起こった事件まで生々しく感じられた。
 ウォルターズの作品を読んでいつも思うのは、イギリスは階級社会なのだなあということである。日本にはないとは言わないが、きっとイギリスに住んだりしたら驚くのではないだろうかと思う。