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2005年12月28日

●ある秘密


 一人っ子で病弱なぼく(著者)は、想像の兄を作って自分の庇護者とし、支えにしていたが、ある日本当に兄が存在していたことを知り、両親の秘密を知ることになった。
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 この話の根幹をなすものは、ナチスが行った虐殺という歴史的な背景があるのだが、著者が本当に書きたかったことはそういった行為の悲惨さというよりも(もちろんそれが書きたかったということももちろんあるだろうと思うのだが)、著者の両親の秘密、二人が背負わなければならなくなった罪悪のほうなのではないかなあと思う。
 詳しいことを書くのはネタばれになってしまうのだが、本来であればもっと小さな事件になっただろうのに、過酷な運命のせいでそうなってしまったのは何とも悲しい。
 非常に抑えた、理性的な筆致で、淡々としていながらも緊張感があり、次はどうなるのか、両親の秘密とは何なのか、というのを知りたくてついついページをめくってしまい、あっという間に読んでしまった。読むのが早い人であれば、一日でも読めてしまうのではないかと思う。
 その理性的な語り口調のおかげで感情的ではないぶん、ただ悲しさ、そして透明な美しさのようなものが全体的に感じられる。
 この本は高校生が選ぶゴンクール賞に選ばれたということだが、フランスの高校生の本の目利きはなかなかなのではないか・・・と思った。

2005年12月26日

●陰陽師 龍笛ノ巻


 ある日、清明の兄弟子賀茂保憲が清明のもとを訪れた。妙な首に憑かれた男の依頼を持ち込んだ「首」や、「むしめづる姫」など短編を収録。
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 この巻で一番驚いたのは、賀茂保憲である。私は漫画版を読んでいたので、てっきりアレな人かと思っていたのだが(漫画版では性格が粘着質な感じである)、小説版では全く違っていて、読んでいて私の好感度は高かった。清明よりものんびりしていて、ちょっと豪快でお茶目な感じである。肩の上に乗って丸まっている猫又が可愛らしくてなでたいなあと思った。
 個人的には、ちょっと個性的な姫がでてくる「むしめづる姫」がラストの美しさともあいまって大変好みである。

2005年12月25日

●陰陽師 生成り姫


 12年前の淡い恋の思い出の相手が今また源博雅の目の前にあらわれた。だが、その姫の心は自らの心に潜む鬼に蝕まれようとしていた・・・。
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 今巻は長編ということで、面白くなるのかな?と思っていたが、今回も面白く読めた。そして、終盤のあたりでほろりとしてしまった。
 このお話は短編「鉄輪」を長編にしたもので、筋は分かっているものの女がもつ悲しい性のようなものがよく描けていると思った。最初、なぜかつて紹介した清明や博雅のことをここでもう一度繰り返す必要があるのか、と思ったが、この長編は朝日新聞に連載されていたものだとあとがきにあり、納得した。
 「陰陽師」のシリーズはただの悪霊や妖怪を退治するだけの話にとどまっていないところがいいと思っているのだが、それは源博雅の存在が大きいと思う。博雅という「いい漢」がいるからこそ、清明の性格も際立つし、話にも奥行きがでているような気がする。
 博雅の性格(恋愛に対しては奥手かな・・・と思う)ゆえに結ばれなかった恋だが、その性格であるからこそ生成りの姫は博雅を好きになったのだろうなあと思うと、やはりこの話は悲しい。

2005年12月24日

●陰陽師 鳳凰ノ巻


 平安の闇にうごめく魑魅魍魎に安倍清明と源博雅が立ち向かうシリーズ第4弾。好敵手道満との方術比べを描く「清明、道満と覆物の中身を占うこと」のほか5篇。
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 今回も楽しく読め、すぐに読み終わってしまった。
 毎回毎回酒を飲み、「ゆこう」「ゆこう」といって魑魅魍魎に立ち向かっていく清明と博雅の二人だが、普通にある友情というより、もっと結びつきの強いものを感じる。親友とはこういうものなのかな・・・と思い羨ましくもあるが、単にお酒を飲みながら語らっている二人が楽しそうだからそれが羨ましいのかもしれない。
 個人的には、「漢神道士」の話の中の拷問描写が非常に痛そうだと思った。死ねば楽になるはずなのに、そうでないのは酷いよなあと思いながら読んだ。

2005年12月17日

●陰陽師―付喪神ノ巻


 女の悲しい性を描いた「鉄輪」「這う鬼」、道満登場の「迷神」「打臥の巫女」などなど、おなじみの清明と博雅が活躍する短編集。
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 今巻も、楽しく読めた。このシリーズは早く読み終わってしまうのだが、それは文章が簡潔で無駄がないというのがあるのかもしれない。
 博雅と清明は毎回酒を飲み、哲学的なことを話したりしているが、このシリーズの根幹をなすものは「呪」につきるのだなぁ、と思う。だがさらっと書かれてあるので、考えこむこともなく、ストーリーを追ってゆける。漫画版では途中から「神聖幾何学」を取り入れたものになってしまったと思うが、こちらはかなり理解するのが難しい。
 毎回哲学的なことを話し合っていながら、自らの処世術を忘れない「血吸い女房」が個人的には好みである。

2005年12月16日

●陰陽師―飛天ノ巻


 笛の名手・源博雅と安倍清明の名コンビが平安京の闇にうごめく魑魅魍魎たちに立ち向かう。
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 清明と博雅が活躍する短編集である。
 今回も楽しく読め、すぐに読み終わってしまった。やはり漫画のほうがひとひねり加えてあるが、道満という人物がきちんと登場するところがびっくりした(漫画では道満は終盤で登場するうえ、智徳が道満を名乗っている)。この道満という人物が、「死ぬまでの退屈しのぎ」で清明に難題をふっかけたりするのだが、けして欲得づくの悪い人物というわけではなく、彼が今後どうからんでくるのか、楽しみである。
 清明と博雅はいつでも酒を飲み、そこで話が進んだり、あるときは回想だったりするが、二人がお酒を飲んでいるさまはまったりと楽しそうで、そこが少し羨ましい。
 次の巻も引き続き読んでいこうと思う。

2005年12月12日

●陰陽師


 闇と人とが共存していた平安時代、不可思議な妖しのものを相手に、安倍清明と親友源博雅が活躍する。
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 漫画版は全巻所有しているが、小説版のほうは一度も読んだことがなかったので、どのくらい内容が違っているのか興味がわいたこともあって読んでみることにした。
 読んでみた感想は、漫画よりこちらのほうが筋立てがシンプルだな、ということである。漫画のほうはオチや展開にひとひねり加えてあるのに対して、こちらは非常にシンプルで、清明と博雅はいつでも一緒に酒を飲んでいるような風情がある。
 漫画のほうはひとひねり加えてあるといっても、話の筋を大きく逸脱しているふうにも感じないし、むしろ作者(漫画の)がよく資料を調べて勉強した結果が現れているのだな・・・と思った(この「よく資料を調べて」というところが漫画後半の大きく逸脱したストーリー展開と関係があるのでは、とも思う)。
 こちらの小説のほうは、こちらがオリジナルとはいっても、作者があとがきで書いているように、大まかにしか書かれていない部分や、きっと細かく突っ込まれたら困るのだろうな、という部分は全く省いてあったりするので、筋立てがシンプルになるのではないだろうか。だが、この小説で作者が書きたかったことは陰陽師の術ではなく、そういった闇と関わった人そのものだと思うので、細かいことを言うのはきっと野暮なのだと思う。
 最初はこのシンプルな筋立てが物足りないなぁと思っていたのだが、これはこれで、余韻があるからいいのではないかな、と思っている。そのためかすぐに読み終わってしまった。これはシリーズになっているので、次巻も購入しようと思う。

2005年12月10日

●宇宙の果てのレストラン


 地球人最後の生き残りアーサーとトリリアン、宇宙人フォードとゼイフォードたちは、小腹を満たしに「宇宙の果てのレストラン」へ向かうことになったが・・・。その先にあるものは?
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 「宇宙ヒッチハイクガイド」の続編である。
 読み終わってみて、全体的にユーモアな調子が漂っているものの、よくわからない感じだなぁという印象である。
 ゼイフォードの本来の目的(宇宙は誰が治めているのか)は果たされるけれども、その後ゼイフォードとトリリアンがどうしたのかは描写がないし、アーサーとフォードはとんでもないところに飛ばされてしまって、これからどうなるのだろう?という感じである。
 ロボットのくせに鬱病なマーヴィンも作品終盤では登場しないので、どうなったのだろう?という疑問ばかりが先にたってしまった。
 このシリーズは全5作品ということで、ということはあと3冊はあるわけで、それを読めば全員がどうなったのかがわかるのかなぁと思うが、邦訳はされていないらしいので、残念である。
 個人的には、一応主人公であるはずのアーサーの影が薄いのが気になる。その影の薄いところがアーサーの個性だと言われればそれまでなのだが、あまり活躍していない気がする。

2005年11月20日

●銀河ヒッチハイク・ガイド


 ある日突然、地球が消滅した。地球にヒッチハイクしていた宇宙人フォードに助けられたアーサー・デントは、宇宙をヒッチハイクして生きることになった。二人は偶然「黄金の心」号に転がり込むが・・・。
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 この作品に興味がわいたのは映画化されているからである。残念ながら映画は観ていないが、作品の題名が頭に残っていたため、本屋で見かけたときに買ってみようかな、ということになったのである。
 全体的にコメディーとブラックユーモアに溢れている(読んでいて爆笑ということはないけれども)。作中でアーサーが地球が消滅してショックだ、ということをフォードに話すくだりがあるが、そのときのフォードの「うん、わかるような気がするよ」という返事を読んで、「全然フォローになってないから!」と一人で勝手につっこみをいれてしまった。また、ヴォゴン人の詩の朗読(普通の宇宙人にとっては苦痛でたまらない)もなかなか楽しかった。
 物語は中盤から人の話を全く聞かないゼイフォードに振り回されつつ進んでいくが、伝説の惑星マグラシアとは?また地球がどういった理由で存在したか、などなど、気がついたら読み終わっていた。
 次の作品は「宇宙の果てのレストラン」だそうだが、これも購入して読んでみるつもりである。

2005年11月01日

●ラストサマー―トラベリング・パンツ


 高校生最後の夏をむかえたティビー、レーナ、ブリジット、カルメン。この夏が終わったら、4人はそれぞれ進学して離れ離れになる。不安と期待と、問題が起こるなか、トラベリング・パンツとともにそれらの問題に直面してゆく。
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 トラベリング・パンツシリーズの三作目の作品で、これで一応このシリーズは終わりである(多分)。
 進学の悩み、恋の悩み、家族の悩みなど、今回も問題が色々と起こっているのだが、トラベリング・パンツを必要としなくても大丈夫なくらい、4人は自分自身の力で問題に直面し、ぶつかり、克服してゆく。それを読んでいると、青春だよね~とか、若いっていいよね~と思ってしまう。
 この本を読む人は、4人全員に感情移入して読んでいると思うし、私もそうであるが、私が4人のなかでもっとも感情移入しているのは、レーナとティビーである。カルメンやブリジットはそうありたいなあという憧れの気持ちが多く含まれていると思う。レーナの臆病なところや、ティビーのちょっと世の中をすねた目で見ているところなどが、少し自分と重なってくる。そんな彼女たちが自分の殻をやぶろうと必死になり、成長していくのを見ていると、自分も頑張らないといけないよなぁ、なんて思えてくるのである。
 個人的には、レーナの恋(ポールとの)が非常に気になっていたのだが、進展らしい進展はしないまま終わってしまった(それよりも進路やコストスの影をふりはらうことに必死な感じであった)。だが、次はレーナは臆病にならずにうまくやるだろうし、そうしたらポールとの恋は長続きしそうな感じだな・・・と思い勝手に安心している。
 現在は文庫になっていないので三冊を購入すると少し高いが、おすすめできる本である。

2005年10月25日

●セカンドサマー―トラベリング・パンツ


 あの魔法のジーンズと過した夏から一年後、ジーンズは力をたくわえてカルメン、ティビー、レーナ、ブリジットの前に戻ってきた。今年の夏はどうなるのか?4人はどのように成長するのか?
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 1作目のトラベリング・パンツから1年が経過した(4人は16か17歳になった)という設定である。
 今作もとても面白く読めた。読んでいて、「こんな態度とらなくてもいいのに・・・」とか、「もっと素直になればさあ・・・」などと思ってしまうのは、自分がティーンでない証拠だな・・・としんみりと思った。
 今回も魔法のジーンズ、トラベリング・パンツを4人で交代制でまわしばきしてゆくのだが、ジーンズの不思議な力というより、ジーンズをはいたら沸いてくる勇気でもって様々な問題に直面していて、とても好感が持てる(これがもしキングだったら、本当に不思議なジーンズにしそうな気がする)。
 作中ではひとつの章のなかに4人それぞれのストーリーが書かれているのだが、4人それぞれのストーリーの終わりにはそれぞれにあてた手紙やチャットがのっていて、「いつもどんなときも、変わらない愛をこめて」とか、「いっぱい、いっぱい、愛してる」とか、直接的すぎるけれどもこんなふうにストレートに書けるなんて少しうらやましいなぁと思った。こういう友情もいいよなあ、としみじみとしながら思った。
 今作で一番衝撃的な結末を迎えるのはレーナなのだが(しかし衝撃的だけでなくちゃんと救いがあるところがいいと思う)、なんとなく、レーナのこの恋はちょっと性急すぎて、順調だったとしてもどうなのかな・・・と思った。
 次の作品で最後であるが、もちろん読んでいきたいと思う。

2005年10月12日

●トラベリング・パンツ


 生まれる前から友達だった個性も性格も全く違う4人(レーナ、ブリジット、カルメン、ティビー)は、いつも一緒だったが、体型の違う4人の体にフィットする不思議なジーンズを古着屋で手に入れた今年の夏は、それぞれが別々の夏を過すことになった。
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 現在、この「トラベリング・パンツ」は映画化されている(「旅するジーンズと16歳の夏」)。この映画の批評が面白そうだったので、原作を読んでみようかな・・・と思い購入してみた。
 買ってみて思ったことは、この本はティーン向けに作られている、ということである。主人公の4人の女の子が高校生なので出版社が読んで欲しい対象もそのくらい、ということなのかな、と思う。本の分厚さの割には行間が広く取られていてすぐ読んでしまえるということや、挿絵はないけれども女の子が興味を持てるようにポップな絵で登場人物を紹介してあったり、果たして高校生でないいい年齢の自分がこれを読んでいいのか?と思ったが、その心配は杞憂だった。
 高校生ももちろん共感して楽しめると思うが、私もああ、青春っていいよねえ~と一緒に共感したり、女同士の友情もいいものだね~と思ったり、とっても楽しめた。
 切ない夏、自分の殻を破って大きく成長する夏・・・など、4人それぞれの夏をかわるがわる読んで、そんな女の子たちが本当にいるような、とても楽しい気分になれた。この作品は全部で三部作なので、もちろん次も読むつもりである。

2005年10月03日

●回想のビュイック8(上・下)


 少年ネッドの父親は事故で死亡した。警察官であった父親との別離への悲しみが癒えず、いつの間にかD分署に訪れるようになったネッドだが、そこで不思議な車、車ですらない物体、ビュイック8の話を聞くことになる・・・。
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 キングといえば、スリリングな展開、細かな過去の描写などの独特の濃さが魅力だと思っていたが、これはまた別の意味で独特で、キングらしからぬところがあると思う。
 この作品を一言でいえば、作中のセリフを借りれば「俺たちにはわからない」だと思うし、自分の言葉でいえば「理由のないことも存在する」かな、と思う。ビュイック8は奇怪な生き物を吐き出したりするが遠くで見守っている限り概ね安心だし、奇怪な生き物も外の空気に触れただけで死滅するものがほとんどだし、存在する理由が本当にわからないような存在である。それに対して性急に、だが確実な理由を求める若者ネッドと、わからないことはわからないと理解して生きていくしかないと懸命に諭す父親の親友の構図が浮かび上がってくる。
 同時に、どうしても父親の死を受け入れられず何かしらの(自分が受け入れられるような)理由を知りたがっているネッドと、父親の死に理由などないのだ(ビュイックの存在に理由がないのと同じように)と諭してもいるのかな、と思った。
 こう考えると、こういうテーマは日本の小説では思い切りしめっぽくなるような気がするが、キングが書くとこの作品のように静かで奇怪なお話になるのだろうと思う。
 私の周囲では、物語終盤で起こるある人物の死について、それは蛇足であり、ただ読者を驚かせるためだけのものでしかないのでは、というふうに話題になっているが、それは私も感じた。キングはビュイックの奇怪さをもっと描きたかったのかもしれないが、もっと普通に終わってくれたほうが、謎のビュイック8や、父親の死など理不尽なものはわからないと理解するしかないのだ、というテーマがくっきりしたのではないかなと思う(キングには別の考えがあったのかもしれないけれども)。
 あまり怖さを感じさせないような話であるが、語り口のうまさは絶品で、すぐに読み終わってしまうほどである。

2005年09月10日

●ひとつのポケットから出た話


 かけだし刑事メイズリーク登場のかかえた難題とは?いくら探しても見つからない青い菊の花はどこに?雪道から消えた不思議な足跡は?妻を疑う男にとどいた謎の手紙とは?日常のちょっとした事件が描かれる短編集。
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 以前読んだ「ポケットから出てきたミステリー」と同じ、お借りした本である(感謝!)。
 カレル・チャペックの語りの口調にちょっと慣れてきたので、すいすい読めた。この短編はミステリーの要素が濃いわけではなく、日常のちょっとした事件、ユーモア、などが描かれている。なので、あっと驚くからくりなどはないけれど、読んでいてほのぼのするような作品もあるし、教訓的なものもあるしで読んでいて楽しい。また、作中に挿入されているイラストも可愛らしいと思う。
 個人的には、美しい青い菊がイメージとして浮かび上がって印象的な「青い菊の花」と、最後にちょっとしたどんでん返しがある「絶対の証拠」が好みである。 

2005年09月04日

●ポケットから出てきたミステリー


 珍種のサボテンがどのようにして消えたか?また、サボテン泥棒の顛末は?切手コレクターのある事件とその人生などなど、日常のちょっとしたミステリーをユーモアたっぷりに描く短編集。
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 久々の読了報告である(やはり今年も年内100冊は無理だし、50冊もあやしい)。
 新潮クレストブックの売り場の隣によくカレル・チャペックの本を見かけ、興味があったので、知人に貸していただいた(感謝!)。
 この作品は、一応ミステリーなのだが、大掛かりなミステリーというわけではなく、ちょっとしたミステリーである。だがそれを語るときの人々の筆致が生き生きとしていて、まるで楽しい団欒の中に自分もいるような、そういう感じが楽しい作品である。
 だが、1話の中に主題と関係のないミステリーのような話があったり、これがこの話の主題だろうと思って読んでいたら会話の流れが変わって別の話が始まったり、ちょっととまどったところもあった。
 個人的には、「切手コレクション」という短編が好きである。ありふれた話だと思うが、結末の一文が好きである。

2005年08月10日

●アルネの遺品


 一家心中で生き残ってしまったアルネは、「ぼく」ことハンスの家に引き取られることになった。他の年頃の皆と少し違うアルネは、周囲に溶け込もうと努力するが、しかし・・・
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 この作品で語られる少年アルネは、冒頭部ですでに死んでいる(しかも自ら死を選んだとされる)。なので、ここで語られるもろもろの思い出はその全てが悲しさを含んでいるのだが、ただ悲しいだけではなくて、同時に美しくもあり、作者の諦観の境地のようなものも読める。
 一家心中から生き残ってしまったアルネは、ひどく繊細で想像力豊かな少年なのだが、私自身が彼を理解できるか?と考えたとき、あまり理解できないかもしれないと思った。特に、作品の後半部分でアルネが同年代の少年たちの仲間に入りたかったがゆえに起こした事件などは、もちろん参加すべきではなかったし、参加したとしても、謝ってすぐに許されるような問題でもないのだから、たとえすぐに赦しがもらえなかったとしても、それをまっすぐ見つめるべきなのでは?アルネの引き取り手である「ぼく」ことハンスの両親はアルネを慈しんで愛しているのだから、そのままその事件を受け止めて成長すべきなのでは?などと思ってしまった。
 もっと時が経てば、それとも別の方が読めば何か読み取れたのかもしれないが、私には読み取れなかった。
 しかし、作中で語られるエルベ河畔の風景や、少年たちの遊びなどの描写は、とても美しいと思う。

2005年07月31日

●トリポッド4 凱歌


 トリポッドの都市から帰ったウィルが持ち帰った資料をもとに、大急ぎで対策が練られた。トリポッドの3つの都市を同時に攻撃するというものである。ウィルはこの遠征隊からは外れてしまったが・・・?
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 トリポッドの最終巻である。
 子供向けといいながら大人でも読める作品で、今回も楽しく読めた。毎回思うのだが、この作品は結構あっさりと人が死んでいるな・・・と思った。この4巻だけでも主人公と関わりのあった人物が何人か死んでいる。悲嘆をもって描くというわけでもなく、淡々と描いているが、主人公の親友ともいうべき人物の死には、少しびっくりした。
 この作品は子供向けであるので、最後も子供向けにふさわしい大団円なのではないかと勝手に想像していたのだが、そういった私の想像を裏切って、ややシニカルな最後であった。こちらのほうが(そういう状況に仮に地球がなったとして)よりリアルかな?と思うのだが、私のような年齢のものからすればあの最後は少々蛇足では?と思ってしまう。しかしさらによく考えてみると、確かな結末と、その方向性(いい方向に進みそうかそうでないか)をはっきりさせる意味で、これはこれでいいのかも(特に対象としているちびっこたちには)と思うようになった。
 色々と考えさせられるが、大人でも読める作品ということに間違いはないと思う。

2005年07月25日

●トリポッド3 潜入


 無事自由人が住む白い山脈へとたどり着いたウィルたち。トリポッド撃破のための計画は、着々と進み、トリポッドの都市潜入計画に、ウィルたちは選ばれた。彼らは無事に戻ってこれるのか?
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 いよいよ物語も佳境である。今作では、トリポッドがどういうものか、都市の内部の様子や、今後トリポッドたちは地球をどうするつもりなのかということが描かれている。
 読んでみて思ったことは、フリッツ(ウィルとトリポッドの都市に向かった仲間)のほうが活躍しているなあ・・・ということである。ウィルは運がいいけれども、判断がやや甘いし、やはり少々勝手である。慎重なフリッツが主人公だったらあまり面白みがないのでこれでいいのだと思うけれども、ウィルが役に立たなさすぎなような気がした。
 初恋の相手エロワーズとの苦い再会など、結構辛い出来事もあり、今作はなかなか重い内容である。
 次の4巻で最後なので、どういう結末になるのか、読んでいきたいと思う。

2005年07月19日

●トリポッド2 脱出


 トリポッドが世界を支配するようになって、100年が経った。戴帽式は成人式とされ、めでたいお祝い事となっていたが、本当にこれでいいのか?と疑問を持っていたウィルは、ある日真実を知り、旅に出ることになった。
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 前作がトリポッドが地球にやってきたときの物語であるが、今作からはトリポッド支配の世界の物語である。
 児童書なので読みやすく、わかりやすいところは相変わらずで、主人公ウィルの成長物語としても読めるし、大人の鑑賞にも堪えうる物語だと思う。
 ウィルとその仲間たちとの微妙な力関係(3人のリーダーは冷静なビーンポールであるとか、ビーンポールとヘンリーが仲がいいときはウィルがやや仲間はずれになり、その逆もある・・・とか)が非常にリアルだし、ウィルのやや勝手なところなど、同じ年代の子ならば共感できるのではないかと思う。また、同じ年代でなくとも、ああ、そういえば自分もこうだったかも・・・と思えるだろう。
 旅で出会ったエロワーズとの苦い初恋などが今後どういう展開になるのか、非常に楽しみだが、そこから先は次巻なのである。

2005年07月16日

●トリポッド1 襲来


 ローリーとアンディがサマーキャンプに参加していたとき、3本脚の不恰好な物体があらわれた。撃退できたと思ったそれは、じょじょにローリーたちの生活を脅かしていくのだった。
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 なんとなく評判だった気がしたのと、表紙が子供向けだなぁと思って購入してみたら本来は児童書なのだそうである。
 しかし、子供向けかといえば全くそういうわけでもなく、大人の鑑賞にも充分堪えられる作品である。
 トリポッドと呼ばれるものがどうやって地球にやってきて、人類を脅かし、主人公のローリーたちがいかにして追い詰められていくかが描かれている。あれよあれよという間にトリポッドたちに追いやられていくローリーたちにはらはらしながら読んだ。
 ただ、キャップをかぶせて地球人を支配するというのは少し技術的に古いのでは、などと思ってしまうが、1960年代に書かれた作品のためその辺りは仕方がないものと思う。
 個人的には、親友のアンディの書き方やローリーの家族に対して持っていた不満(アンジェラばかりを可愛がる)などを、もう少し深く書いてもよいのではないかと思った。だが、アンジェラは(この巻だけの出番だけれども)可愛いと思う。

2005年07月05日

●暴徒裁判


 避暑地を訪れたジェークとヘレンのジャスタス夫妻は、あろうことか避暑地で殺人に巻き込まれてしまう。ジャスタス夫妻を救うためにやってきた酔いどれ弁護士マローンは、彼らを救うことができるのか?
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 この作品は、面白かったのだが読む順番を間違えた気がする。
 書店で平積みになっていたことと、Pebble in the Blogのマルチヴァクさんがおすすめしておられたことが頭の中に残っていて、気がついたらレジに持っていっていたのだが、作中の登場人物がすでに知り合いだったり、前作などがあってそれを前提にした会話などがあったりで、その面白さを完全には理解していないように思う。
 この作品が出版された年は1941年であり、携帯もメールもネットもないのであるが、あまり時代を感じさせないで読めるところはすごい(新訳だからかもしれないが)。
 個人的には、絶世の美女ヘレンと、どうもお酒が好きそうなブラッドハウンドのヘラクレスがお気に入りである。
 弁護士マローンシリーズのほかの作品が現在も出版されているようであれば、読んでみようと思う。

2005年06月25日

●しゃばけ


 廻船問屋、長崎屋は大店である。そこの一粒種の一太郎は外出もままならないほどひ弱だったが、ただひとつ違うことは手代や自宅に妖が普通に存在することだった。そんな一太郎はある日親や手代の目を盗んで外出し、殺人事件に遭遇してしまう。
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 一時期私の入っているMLで名前がでたような気がしたのを(もしくは他の書評サイトで名前がでたのを)なんとなく覚えていたので、本屋で見かけたときに読んでみようかな、ということになり購入してみた。
 読んでみたところ、大変面白かった。妖の手代二人がちょっと弱いのではないかという気がするが、そういうことを書く小説ではないのだし、これはこれでいいのかもしれないと思う。ひ弱なことを気にして強くなりたいと願う一太郎や、ちょっととぼけた妖怪たち、一太郎に激甘な両親、菓子づくりが下手な幼馴染など、キャラクターづくりがとても上手く、続編があれば読んでみたいと思わせるようなつくりである(実際続編はでているが、そのうち読んでみたいと思う)。
 個人的には、体も気も小さいけれども頭をなでられると気持ちよさそうにしている鳴家(やなり)の頭をなでたいと思っている。

2005年06月17日

●タフの方舟2 天の果実


 商人のタフを垣間見せる「魔獣売ります」や、宗教家と神に近い力を持つタフとの対決を描く「わが名はモーセ」、ス・ウスラム惑星の人口増加の問題に最終的解決をもたらす「天の果実」など、方舟の力を余すところなく使うタフの連作集。
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 タフ・シリーズはこれで終わり(今のところ続編は描かれていない)らしいのだが、とても面白かった。続編があるのならば是非もっと読みたいと思う。
 「魔獣売ります」と「わが名はモーセ」はタフのあこぎな一面が押し出されていて、「守護者」や「天の果実」などとは随分印象が違うなあと思ったが、タフは環境エンジニアを名乗っていても商人なのだから、こういう一面があってもいいかもしれない。
 ス・ウスラムの人口増加問題の最終的な解決を投げかける「天の果実」は、それまでとは印象が変わって非常に真剣な論争がかわされており、読んでいてこちらもどきどきした。物語終盤あたりのトリーとの論争で、少し人間らしい一面を見せ、すぐにその一面をひっこめてしまうタフが少し悲しい気がした。
 この作品を読むと、愛らしい猫の描写が沢山でてくるので、猫をなでたくなってくる。

2005年06月07日

●タフの方舟1 禍つ星


 ある惑星に周期的に疫病を撒き散らす禍の星、禍つ星。だがその実態は、とうに滅んだはずの連邦帝国が所有していた生物戦争専用の船、胚種船だった。その船を手に入れるのは誰なのか?
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 最近書評系のサイトでよく取り上げられている本なので、印象に残っていたのだが、あまり興味がなかった。だが本屋で何度も見かけ、さらに書評系のサイトで何回も目にするようになったので、これはもう読めという神の思し召しだと思い、読むことにした。
 で、読んでみたら大変面白かった。
 この作品が書かれたのは1986年ごろだということだが、そういうことを全く感じさせない面白さがある。
 また、この作品の一番面白いところは、主人公のハヴィランド・タフが環境エンジニアとして抜群の知能があるほかは美形などでは全くなく、ある種人間離れした風貌をしていること、でも猫をこよなく愛しているというギャップが大変面白い。
 主人公のタフは窮状に陥っている惑星を訪れ、自ら所有する胚種船の機能(ありとあらゆる星から集めた生物のクローニング)を使って惑星の窮状を解決するのであるが、その解決の過程が意外で面白い(地球では絶対にありえないから、考えもつかない)。
 また、タフの所有する猫たちの何匹かは訪れた惑星のタフの相手に例外なくなついてしまうところや、タフが「愚かな者たちだね、ダックスや」と猫に話しかけるところが私にとっては楽しい。
 2巻も出版されているが、それは現在読んでいる最中である。

2005年05月30日

●アムステルダム


 ある魅力的な女性が死んだ。彼女が戯れに撮った写真が元恋人たちの目の前に現われたとき、何かが徐々に狂い始めた。
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 タイトルがなぜ「アムステルダム」なのかというと、アムステルダムが安楽死が合法的な国、オランダにあることによる。この安楽死は作中の重要なキーワードである。
 中心となる3人の男性は、魅力的なモリーが恋人だったということが共通点なのだが、それぞれ職は違っていても責任のある地位を任され、社会的に見れば成功したといえる人たちばかりである。
 それが、たった数枚の写真が世の中にでただけで、一気に転落してしまう。この急な転落のさまやそのときの心理描写が細かく描かれている。特に作中の登場人物であるクライブが音楽家であるため、音楽の用語や描写が多いのだが、わけがわからなくてもそのまま読んでしまえるから不思議である。
 作品の終わりにある訳者あとがきには、著者のマキューアンのエレガントな文体を翻訳するのに苦労した、と書いてあるのだが、海外の翻訳小説であるのにも関わらず読みやすく、それでいてくどくないので翻訳小説が苦手な方でも楽しんでもらえるのではないだろうか、と思う。

2005年05月22日

●シェル・コレクター


 貝を集める老人の話を描いた表題作や、死にゆく魂が最後に写す映像を見ることができる妻と、その夫のハンターを描いた「ハンターの妻」など、八篇を収録した短編集。
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 この作品は、自然の描写が簡潔でありながら非常に美しい。
 「シェル・コレクター」での貝の螺旋の美しさ、「ハンターの妻」での灰色熊の冬眠の様子、「世話係」での菜園の実の成るさま、「もつれた糸」での自然描写、「ムコンド」でのアフリカの野性的な美しさなどなど、何てことはない文章なのにこちらの脳裏にそれら自然の美しいさまがありありと浮かんでくる。
 そこから紡ぎ出される話は、優しいものではないのだが、最後には必ず希望があって、それがこの作品に自然描写の美しさと同時に暖かみをそえている。
 個人的には、希望のない状況に見えるけれどそれは自分の心次第という「たくさんのチャンス」と、不倫をしている男に起こった出来事の「もつれた糸」、アフリカの自然描写と、登場人物の撮る写真の美しさが印象的な「ムコンド」が好みである。

2005年05月09日

●ナターシャ


 モスクワからトロントへやってきたしたたかな従姉妹に対する恋を描いた表題作や、ロシア移民の一コマを描く短編連作集。
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 この作品は、1日で読めてしまいそうだったのを引き伸ばして2日で読んだ。引き伸ばしたのは、次に読む本が決まっていなかったからだが、1日で読めてしまうぐらい私には面白かった。
 この作者の文体は、淡々としているなかにもどこかしらぬくもりがあって、読んでいてほっとする。だが、物語の展開はときにはこちらがはっとするほどどぎつく、そのどぎつさと文体のぬくもりとのギャップがとてもいい結果を生んでいると思う。
 表題作の「ナターシャ」も、ほろ苦い恋というよりはもう少しきついのではないかな?と思うような物語だったし、一番最初に掲載されている「タプカ」も、最初ののんびりした展開から一転してこちらの予想もしなかった(少なくとも私にとって)話になっているし、どの短編にも驚きと、それを包むぬくもりがある。
 この作品が著者のベズモーズギスのデビュー作のようだが、これから期待できる作家だと思う。

2005年05月08日

●ふぉん・しいほるとの娘(上・下)


 幕末、長崎の出島にて最新の西洋医学を教えていたシーボルトと、丸山遊郭の遊女其扇との間に生まれた混血児・お稲の波瀾に満ちた一生を描く。
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 読んでみたかった本なのだが、文章が思いのほか固くて読むのにたっぷり時間がかかってしまった。
 日本で初めての女性の産科医といえば、自身の下腹部を見られてしまう羞恥から産科学を志した人、というのを随分前にテレビでやっていたなぁ、と思い出し、これがこの作品の主人公であるお稲のことかなと思っていた。だが、それは誤りで、羞恥から産科を志したのは荻野ぎんという人であった(作中でも後半部分に記述がある)。お稲は荻野ぎんが産科医になるもっと以前(幕府が開国して新政府になる以前)に蘭学を学び、産医となるべく勉学に励んだ人だったのである。
 幕末から明治になりかわるというのは、激動の時代だったということを歴史の教科書などで一応知ってはいたものの、いきなり明治になったような印象があったが、実際はそうではなく、幕末あたりから海外周辺の諸事情に幕府が警戒していたことや、知識人が警鐘を鳴らしていたことなどが書かれ、その辺りはとても興味深かった。
 お稲が産医として多忙を極めたのは幕末から明治のはじめにかけてであるが、だんだん自分の技術とどんどん入ってくる西洋の技術との差、それを吸収する周囲との差、新政府になって医師にも免許が必要になり(医師経験が25年以上であれば試験は免除された。お稲も免除されている。この医師免許を初めて取得したのが荻野ぎん)、その差がどんどん広がって取り残されていくのが、寂しい感じがした。
 お稲が一生を終えるときには激しい腹痛を訴えたと作品にあるのだが、鰻と西瓜の食べ合わせが腹痛を引き起こした、と書いてあった。こういう食べ合わせをしたことがないのだが、本当にあるのかな、と思った。